マミヤフレックス・オートマットA(Mamiyaflex Automat A)は、戦後の国産二眼レフを牽引したマミヤの高級機。マミヤの二眼レフの中では、フラッグシップ機にあたる。
マミヤ光機は、マミヤシックスやマミヤプレス、6x7一眼レフのRB・RZ67、新しいところではレンジファインダー機ニューマミヤ6・マミヤ7など独創的かつ良質な中判カメラを数多く生産したメーカーだ。
掲載機はオートマットA初期のモデル。開発は先行していたのだが、販売開始自体はマミヤ初の二眼レフ「マミヤフレックスジュニア」の次となった。
オートマットB型の発売までは「オートマチック(Automatic)」の名称だったのだが、現在はほとんど使い分けされていないようなので当機の記載も「オートマット」としてある。
1949年という二眼レフ市場では早い時期の発売ながら、フイルム装填時のフルオートマットを達成した稀有なカメラである。
スタートマーク合わせも、ローラーの間に裏紙を通す必要もなく、フイルム装填後巻き上げてゆけば、本体と裏蓋に設けられた圧着板が厚みを感知し、1コマ目で自動的に止まる仕組みとなっている。
ピント繰り出し機構は、一般的な勾玉カムではなく独自の偏芯カムとのこと。独特な位置・形状のシャッターボタンと、通常より下に位置する絞り・シャッターダイヤルとピントノブなどに操作性への配慮が見える。
レンズは定評のあったオリンパスのズイコー(Zuiko)。掲載の初期型ではテイクレンズの外爪のみにBay1バヨネットを採用しているが、モデルによって仕様が少々異なる部分だ。
オートマットA型は、初期に透視ファインダーの無いものや光学式透視ファインダーを装備したモデルもあるが見かけることは非常に稀だ。フレネルレンズや上下Bay1バヨネットの採用、シャッターの変更や軽量化などをしながらA3型まで生産された。
その後マミヤフレックスの主力は、レンズ交換式のCシリーズへと移行してゆく。そのCシリーズは、フルオートマットの達成に留まらないマミヤらしい二眼レフとなり、長年にわたり国産二眼レフ最後の砦を守った。













