国内で最後まで二眼レフを生産し続けたマミヤ。そのマミヤ初の二眼レフが、当機マミヤフレックス・ジュニア(Mamiyaflex Junior)。
エルモフレックス1型などの戦前継承組を除けば、1948年発売は二眼レフの中では早い部類で、上下レンズのギア連動式採用はリコーフレックスよりも先。
マミヤらしからぬとも言える梨地の飾り板が特徴的。
上下レンズギア連動式のスタイルから一見安価な普及機にも見えるが、巻き止め機構を持ちテイクレンズ・ネオコン(Neocon)も4枚構成とおごられている。
開発が先行していたオートマットAのダイカストボディを流用したとのことでカメラの剛性も高い仕上がりだ。
レンズとシャッターは共に自社製(世田谷分工場)で、シャッターは「B」を境にして低速側と高速側に速度が振り分けられている珍しい仕様だ。レリーズは右側面のレバーで行う。
フイルム装填時カウンターは1で止まっているので、一枚目を赤窓で確認した後は自動巻き止めが効く方式。
次代のマミヤフレックス1型で、セルフコッキングを実現。上下レンズがギア連動仕様の二眼レフで、セルフコッキングというのも他に例がないのではないか。
その後も廉価版赤窓機を発売しなかったのは、独創的な機構で多くの名機を生んだマミヤらしいと言えよう。
当機は、生産開始ごく初期に赤窓式のものが存在したようで、巻き上げノブが掲載機よりかなり低い位置にあるモデルも存在するようだ。共に資料での確認のみで実機を見たことは無く、かなりの希少品かと思われる。また、巻き上げノブにオキュパイド刻印のあるモデルもある。











