ヤシカで初めてクランク巻上げ・セルフコッキングを採用したモデル、ヤシカマット(Yashica-Mat)。その仕様は、極めてスタンダードなローライフレックスコピーと言えるもの。
国内のメーカーでは、マミヤが独自の機構を積極的に採用していったのに対し、ヤシカは露出計内臓を除けば一貫してスタンダードな形式にこだわった。
1960年代からは、このヤシカマットをベースに露出計を組み込んだシリーズが展開され、1981年発売のヤシカマット124Gをもって一世を風靡したヤシカの二眼レフは幕を閉じる。それにより、独自路線を行ったマミヤが国産二眼レフ最後の砦となった。
ヤシカマットのレンズには、ヤシノン(Yashinon)付きとルマクサー(Lumaxar)付きとがあり、ビューレンズは若干明るいF3.2の仕様。ルマクサーは、この「無印ヤシカマット」のみに採用されたレンズ。
ヤシノン・ルマクサー共に定評のある4枚構成のレンズであり、フレネルレンズ入りスクリーンや内面反射防止バッフルなど基本的な装備も十分なものだ。
二眼レフブームも終焉となりつつあった1957年発売だが、ヤシカマットはロングセラーモデルとなる。生産期間が長かったこともあって、ピントフードのロゴや左右の絞り・シャッターダイヤルなどに様々なバリエーションがある。
また、ヤシカの二眼レフはアメリカへの輸出も好調だったようで、当機に限らず海外オークションなどでもその姿を多く見かける。
ヤシカマット発売当時の会社名は「八洲光学工業」。掲載機のクランク基部には「YASHIMA OPT. IND. CO., LTD.」との記載があり、なぜ「ヤシマ」なのかと不思議に思っていた。恥ずかしながら、「八洲」を「ヤシマ」と読むと知ったのはしばらく経ってのことである。
なお、ヤシカ各機種については、「ヤシカフレックスの見分け方」に二眼里程標独自の情報を掲載している。














